工房探訪 音色創りを支える2人の女性マイスター CRAFTMANSHIP STORY

美しい八ヶ岳連峰を臨む諏訪の地で 日本電産サンキョーの子会社で国内唯一オルゴールの一貫製造をしている日本電産サンキョーオルゴール株式会社は、長野県の中央部、諏訪郡原村にあります。自然豊かな周囲の景観に配慮し、深い木立に囲まれた工場では、クラフトマンシップ精神を今に受け継いできました。手のひらに乗るような小さなオルゴールから、アンティーク家具のような重厚で瀟洒な造作の製品まで、さまざまな種類を高い品質で生産しています。クオリティを支える数多くの熟練スタッフの中から、基幹技術に関わる2人のマイスターにインタビューしました。

調律マイスター 三澤 幸代 みさわ さちよ

長野県出身。気さくでインタビューの間も明るい笑顔を見せてくれた三澤は、オルゴールの心臓部・振動板(櫛歯)を手作業で調整する「調律工程」一筋、約二十年のベテランです。

STORY01 弁の一本一本、失敗も妥協も許されない調律

  • 中世ヨーロッパの時計塔に組み込まれた鐘が、オルゴールのルーツと言われています。オルゴールの音源は「振動板」です。振動板には櫛歯状に作られた「弁」と呼ばれる部分があります。

    ゼンマイなどの動力で弁を弾いて生まれる振動がオルゴールのボックスに共鳴し、素晴らしい音が広がります。

    そして、私の仕事は弁を丁寧に削って調律すること。音の宝石箱オルゴールの命ともいえる音程や音色に関わる作業です。削り方で音色の善し悪しが変わるので、失敗の許されない工程です。

  • 振動板

    振動板

音程と「音色」は違う、ミクロン単位の研磨

  • 調律

    調律

  • 調律の基準となるチューナーからの音を聞きながら、音階に合わせて弁を一本ずつ削り、形状を整えます。グラインダーを当て、弁の形状がミクロン単位で変化するごとに、「音程」とともに「音色」も微妙に変わります。

    左耳でチューナーのイヤホンから聞こえる基準周波数の音程の音を聞きながら、弾いた弁の音を右耳で確認して弁の音程を合わせます。オシロスコープの表示で音程が一致したか確認しますが、私たちの求めるものは「音程」だけではなく「音色」です。振動板は狂いのない音程が出て当たり前。高級と言われるオルゴールには、ふさわしい「音色」が必要です。

    私もうまく言葉にできませんが、音程は数値で示せても、音色は数値で表現できませんね。音の響き、他の弁との調和、ハーモニー、いろんなものを総合した感覚です。音色や音の響きなどを感じ取るには多くの経験が必要になると思います。弁を調律しながら、心地よく澄んだ音色を耳で細かく聞き分けるセンスが求められます。

STORY03 朝、目覚めた時から調律は始まっている

  • 入社後、もっとも簡単な18弁のオルゴールから始めて、調律の基本を覚えるのに要したのが5年間。それから、少しずつ弁数の多い、難しいオルゴールに挑戦してきました。今ではオルフェウス最高級品も私が担当しています。

    調律は精神集中を必要とする作業です。朝、目覚めた時からイライラした気分の日は弁を削るのに力が入りすぎてしまい、思うような調律ができません。 このため、気持ちを穏やかにするように心がけています。
    「パッヘルベルのカノン」という曲は調律の基本であり、「調律はカノンに始まりカノンに終わる」と言えるほど奥が深く、その日の体調が出やすい曲です。調律の次の工程を担当する渡辺さんから「今日のカノンは高音が少し硬い」と言われると、普段以上に気をつけます。難しい調律をする日は朝食を少なめに。普通の分量を食べると、集中が乱れやすくなります。調律の作業は五感が冴える午前中にするようにしています。昼食をとると、精神集中力がなかなか戻ってこないことがあります。また、調律の作業を一日中続けることが難しいこともあります。

    私はオルゴールをボックスに取り付けるなどの別の作業も担当していますので、うまく気持ちを切り替えてオルゴール作りをしています。80弁オルゴールは最も高価であるとともに、最も調律が難しく弁数も多いです。ですから、調律した日は仕事を終えても神経が高ぶってしまい、帰宅して床に入ってからもすぐ眠りにつけない日があります。

  • 振動板の音色を理想に近づける

    振動板の音色を理想に近づける

STORY04 理想の音色をつかむまでに要した10年

  • 若い世代へ技術を伝えていくために、「仕事の姿勢」から教えてあげたいのですが、難しいのは「何が良い音色」なのか、ということです。「音色」は言葉や文書などで伝えることができません。また、弁のどこを削れば音程がどう変わるか、これは教えることができます。だけど「良い音色」は人によっても好みや感覚が違う。教えて理解できるものではありません。

    オルゴールが好きになって、真摯にオルゴールに向き合い、感じ取るしかない世界。私は自分の「音色」をつかむのに10年の時間がかかりました。でもそれ以来、自分の中で揺るぎない基準を、10年以上保ち続けています。

組立マイスター 渡辺 久美子 わたなべ くみこ

長野県出身。高級機種から廉価機種まで、様々な種類のオルゴールを少量ずつ生産するラインで高級品の組み立てと、「噛合調整」を任されている、調律の三澤も頼りにするベテラン。
控えめな口調は、仕事へのプライドや情熱に裏打ちされている証拠。

STORY05 噛合の正解は一つ、眼と耳と指を協調させ

  • 調律が終わると次は組立工程です。シリンダーの針の先端が振動板の弁を持ち上げる「たわみ」の大きさを調整するのが「噛合調整」。音の大きさだけでなく、高音と低音の弁が弾かれるタイミングを正確に合わせることを求められる「噛合調整」は、オルゴール作りの重要な作業です。

    調律担当の三澤さんから振動板が私の手元に届きます。私は30弁以上のオルフェウスを中心に幅広く組み立て作業を行っています。その作業の中でも重要な「噛合調整」では、ベースとなるフレームに調律済みの振動板を組み合わせます。

    「眼」は弾かれた振動板の弁のたわみを見て、「耳」は音色とリズムを確かめ、「指」とハンマーで振動板の傾きや位置を微調整します。眼と耳に連携して、指がスムーズに動くようになるまでに、長い間試行錯誤を繰り返してきました。調律した振動板からベストの音色を引き出すために集中します。

    • 渡辺さんと三澤さんの打ち合わせ

      渡辺さんと三澤さんの打ち合わせ

    • シリンダー型オルゴールの調整

      シリンダー型オルゴールの調整

  • ディスク型オルゴールの噛合調整

    ディスク型オルゴールの噛合調整

STORY06 大切な人への「贈り物」を作る気持ちで

  • 日々の仕事の中でオルゴールと真剣に向き合うことを心がけています。たとえば、世界初の機構を持つ「50弁オルフェウス×2」では、2つのシリンダーを同時に動かしてクラシックの名曲を奏でる製品のため、音色のような数値に置き換えられない価値を追い求めて、常に最良の音色とリズムを出すための噛合調整に神経を使います。

    工業製品なのに精密なアートを作る感覚も同時に味わえるのがオルゴールの魅力です。

    • 組み立て途中でパーツの音色を試聴

      組み立て途中でパーツの音色を試聴

    • 50弁オルフェウス×2

      50弁オルフェウス×2

    そして、もう一つ心がけているのが、製品を手がけている時に「大切な人に贈るつもりで作る」ことです。家族のお祝いの時に自分が作ったオルゴールを贈ることもあります。

    実際に私の娘の結婚式でも、娘夫婦への贈り物とお客様へのオルゴールを引き出物として贈らせていただきました。人の琴線に触れる音作りの素晴らしさを、これから次の世代へ伝えていきます。